【2】朝の連続派遣小説『へばりつく』

【2】

町丘忠はうんざりした想いだった。仲田幸子たちによるオペレーターいじめがまた始まったのだ。

「ちょっと彼女さあ、お高く止まってるっていうか、私たちと群れるの嫌いみたいよねぇ」

私が目の前にいることなどお構いなしに、どこかのテレビドラマで聞いたことがあるような安っぽいセリフを言っている。

ここは大手メーカー サイオン社のコールセンター。個人のお客からの問い合わせを受け付けている。問い合わせとはいっても、その多くにクレームが含まれていて非常にストレスフルな仕事だ。法人のお客に比べると自分の財布から金を払っている個人の客は無理難題をふっかけてくる。ほとんど言いがかりというような要求も珍しくない。

端から端まで百メートルはあるだろうか。長方形のだだっ広いオフィスは吹き抜けになっていて途中を遮るものはない。等間隔に十席程度の机の島が並んでいる。

こういうと整然としたオフィスを想像するかもしれないが、天井は気持ち低く、それぞれの机に立て付けられた仕切りのせいで上下から押さえ込まれたような圧迫感を感じる。それに追い討ちをかけるように天井からぶら下がった待ち呼の数を表示する電光掲示板やセンターのスローガンを掲げたのぼりが居心地の悪さを助長するのだ。

私は仲田を含めた五名のオペレーターをまとめるSVという役割。一応管理職ということになるが実は私も派遣社員だ。部下のオペレーターもすべて派遣社員。派遣社員が派遣社員を管理するという仕組みに最初は面食らったが、派遣会社の営業マンに確認するに違法ではないらしい。

このコールセンターは常時三百名のオペレーターが稼働しており、見渡す限りオペレーターブースが並んだだだっ広いオフィス。朝9時から夜の22時までをいくつかのシフトでつないでいて、この時間帯すべてに三百名を稼働させるとなると倍の六百名近くの人員が必要になる。

その六百名の大半が派遣社員であり、様々な派遣会社から人材が派遣されて組織が構成されている。サイオン社の正社員は十名ほどしかおらず、派遣社員だらけ。つまりは傭兵部隊のようなものだ。

普通の会社でいう人事部のような役割も事務局の正社員が行うことになるが、彼らは人事のプロではないから、その人事は好き嫌いや、行き当たりばったりの気まぐれとしか言いようがないものも多い。

この職場をどんよりと覆っているのは強い疲労感。新しく人が入っては辞めていくの繰り返しだ。

それはそうだろう。派遣社員は三ヶ月ごとの安定しない雇用契約。時給契約なので賞与などない。以前は正社員で働いていたので考えもしなかったが、時給で働くことになると休みの多い月は給与がガクッと減ってしまう。働ける日数が減ってしまうのだから当たり前なのだが、そんな当たり前のことに派遣社員として働き始めるまで気がつきもしなかった。

つまり体調を崩したら一気に生活が破綻してしまうということだ。私は独身で一人暮らしをしているが、家賃と生活費を払ったらそれほど手元にお金は残らない。多少の蓄えはあるものの数ヶ月も寝込んだらアウト。

「三十も後半になってそろそろこの生活から足抜けをしなければ」そんな腰の落ち着かない思いで日々働いている。

仲田は私のチームのボス的存在だ。年齢は四十代半ばだろうか。神経質そうな目つきとガリガリに痩せた身体は妙にバランスが取れている。彼女を見ていると、人間はそれぞれ人相が違っても歳を取るとこれまでの生き方や性格が顔に出るのだなと感じてしまう。

このセンターでのキャリアは十年近くで、派遣法改正の隙間を縫って、ずっと派遣社員として勤務を続けている。センターの業務は端から端まで知り尽くした、いわば生き字引のような人材だ。

そんなベテランの彼女が管理職ではなく、いちオペレーターとして勤務しているのは、やはり彼女が主導するいじめによって新人のオペレーターが次々と辞めてしまうということに尽きるだろう。実力だけで言えばサイオン社の正社員として直接雇用される機会もあったろうに、自分で自分のチャンスを潰して、イライラを募らせているように見える。

仲田によるいじめは陰湿だ。彼女の手下のような中堅のオペレーターが二人いて、三人がかりで新人に嫌がらせを重ねる。質問をされても答えない、話しかけられても無視をする、通話中に新人の耳もとでわざと大きな声で雑談をする、根拠のない悪口をまわりに言いふらす等々。

先月入社した派遣社員の新人も仲田のターゲットになり、あっという間に辞めてしまった。辞める間際に私のところに来て、「短い間ですがお世話になりました」と挨拶に来た時は少し後味の悪い思いをしたものだ。

なんで上司である私が仲田に注意をしないかって。そんなのはわかりきったことだ。私もいじめのターゲットになりたくないのだ。

ストレスフルな仕事に加えて、アクの強いメンバーが多く、人間関係も良くないこの職場ではどんどん人が入れ替わる。私と言えば正社員の気まぐれな人事のおかげで、社歴も浅く、実力も伴っていないのに繰り上げ当選のようにSVになって、そこそこの時給を貰えるようになった。

次の仕事も決まっていないのに仲田のいじめのターゲットになって、仕事がし辛くなるのはまっぴらごめんだ。面倒ごとには頰被りをしてやり過ごすに限る。

どんよりとした空気がセンター全体を覆い、薄くねずみ色の霧がかかっているように見えるのは私だけなのだろうか。こんなに煌々と蛍光灯で照らされたオフィスなのに。

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