【3-3】朝の連続派遣小説『へばりつく』

そろそろ話をまとめにかかろう。この後もいじめ被害の話を繰り返すようなことであれば彼女は解決ではなく話を聞いてもらうことを求めているのだろうし、単に愚痴を聞いて欲しいのか、解決をして欲しいのかの切り分けにもなる。

「・・・そうですね。具体的にと言われると困るんですが、私も簡単にここを辞められない事情がありまして・・・」

意味ありげに目線を膝に置いた指先に落とすと、彼女は呟くように言ったのだった。こういうときは話を聞いてほしいという合図であることが多い。事実、彼女は私からの質問を待つように薄い唇を真一文字に閉ざしている。さして興味もないが聞いてあげた方がいいのだろう。

「何かご事情があられるんですか?私がお聞きして差し障りのないことでしたら・・・」

少し戸惑うようなそぶりの後に、伏し目がちにこちらを見ながら話し始める。

「お恥ずかしいお話なんですけど、夫と離婚を前提に話をしてまして。離婚したら別に住まいを探さなければいけなんです。いろいろ事情があって実家にも帰れなくて。だからいま職をなくすわけにはいかないんです。子供はいないのでそれは救いではあるんですけれども・・・」

担当の派遣社員とは数ヶ月に一度面談を行うが、話が私生活に及ぶのは稀なことだ。姓名が変わると年金や健康保険などの事務的な処理が必要なため結果として結婚や離婚をしたということを知ることはあるものの、その過程について話をされると急に相手の存在を生々しく感じてしまう。

多くの人に関わる仕事をしているくせに人見知りの私は、担当の派遣社員一人一人とがっぷり四つに向き合っていたのではメンタルが持たない。表現は悪いが相手を記号として、物として扱うくらいの割り切りがなければやっていけないのだ。実際これまでかかわってきた同僚で「人と接するのが好き」と言っていた人ほどさっさとこの業界から足を洗っている。

かといって、人の心に寄り添えないというわけでもない。十数年の経験の中で「こういうタイプの人にはこう返す」といったノウハウが積み上げられていて、さも心から相手に寄り添っているように見せるくらいの演技はできるようになっているのだ。

「・・・そうなんですか。それは何ともコメントし難いですが、私にできることは清水さん仰るとおり、今の職場で気持ち良く仕事を続けてもらえるようにサポートすることでしょうか」

今まで深くかかわる機会が少なかったので気がつかなかったが、清水敦子には表面的な印象からは感じ取れない男への「媚び」を感じる。周りに聞かれては困る話とはいえ、体温が感じられるくらいまで椅子を私の近くに寄せてきたり、少し芝居がかって女性的な仕草をしたり。

中年男が思わせぶりな彼女の態度にその気になって、なんでも相談に乗ってあげるなどと言ったら最後、面倒ごとに巻き込まれそうだ。世の中には欲求を持て余した女性がいることを経験上知っている。彼女がどんな人物かわからないが、深くかかわらないに越したことはないのだ。

気の毒そうな顔でもなく、困った顔でもなく、そんな複雑な想いをたたえたような表情を作り、おそらく彼女が掘り下げてほしいのであろうご主人や実家の話には及ばないように受け流す。

「その嫌がらせの加害者に派遣先や所属の派遣会社から指導をしてもらうのも必要なんだと思うんです。だだ、どうしても〈誰から苦情が入ったのか〉という加害者側の犯人探しになってしまうと思うので、それはそれで派遣先に相談しつつも、並行してチームを変えてもらうような相談をしても構いませんか?」

「清水さんが別のチームになるのか、加害者たちが異動になるのかやってみないとわかりませんが、もう直接かかわりがないようにしてもらうのが一番良いように感じるんです」

どんどん実務的な話に寄せて行くことで距離感を取り戻しつつ、彼女の返答を待った。

「わかりました。確かにどちらかが違うチームに移るのが一番いいのかもしれません。もしそうして頂けるなら派遣先に頼んで頂けませんか」

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