【6-1】朝の連続派遣小説『へばりつく』

【6】

ここ五年くらいだろうか。日に日にメールの数が増えているように感じる。受信するメールで言えば私宛に直接届くメールはもちろん、CCで入ってくるメールがずいぶん増えた。これは昔なら口頭や電話で行われていた社内外の根回しがメールに置き換わった表れだろう。

私から送信するメールだってずいぶん増えた。長々電話で打ち合わせた内容を「あとで今話したことをメールしといて」なんて気軽に言ってくるお客はよくいるし、派遣社員に電話をするにも、見慣れない番号からの電話は出てくれないから、話せばさっさと済む話もいちいちメールにしなければいけない。

そんなこんなで毎日いったい何通のメールを見たり打ったりしているのだろう。ノートパソコンやスマートフォン、常時ネットワークにアクセス出来るデバイスが増えたことで一日の三分の一は何かしらの画面を見ているような気がする。そしていつだってメールに追いかけられている。今だってそうだ。電車を乗り換えようとエスカレーターに乗った隙間時間でついスマートフォンでメールをチェックしてしまう。

画面の見過ぎで最近はずいぶん視力が落ちた。そろそろ眼鏡を買い換えようか。瞼を指で軽く押さえながら一通りメールをさばききり、胸ポケットにスマートフォンを戻そうとしたところでふたたび着信を伝える振動が手のひらに伝わる。

誰からだろう、ずいぶん長いメールだ。フリーメールアドレスを示すドメインからいってお客でないことは確かだ。人差し指で何度も画面をスクロールするがなかなか文末に辿りつかない。少しイラついてきて画面を叩きつけるように下から上に画面をなぞったところで「清水」という名前が目についた。どうやら清水敦子からのメールのようだ。

まとまりのないメールをよこす人は多いがここまで何を言いたいのかわかりづらい文章も珍しい。愚痴まじりにいくつか伝えたいことがあるようだが、そもそも伝えたいことや結論がはっきりまとまっていないためか、できの悪い日記のようだ。

メールを行ったり来たりしながら何とか読み解くと、言いたいことはこういうことらしい。「新しいチームには悪い人はいないが馴染めなくてつらい」「前のチームと仕事の進め方が違い、何度か失敗をして酷く落ち込む」「夫との離婚問題がこじれており二重のストレスになっている」「ストレスがたまってしまって、仕事以外の話も入ってしまうかもしれないが話を聞いてほしい」

要するに色々とつらいことがあって話だけでも聞いてほしいということのようだが、このまとまりのないメールからしても会って話せば長時間捕まることは容易に想像できる。

この世の不幸がすべて一身に降り掛かったとでもいうような悲壮感漂うメールにうんざりしつつ、仕事の相談で会いたいというのを無視するわけにもいかず、渋々メールを返すのだった。

数日後の夕方、喫茶店で清水敦子を待っている。サイオン社から歩いて数分のところにあり、普段の私は利用しない少し高めの料金設定のお店。値段の対価は席と席との間隔が広くまわりを気にせずに会話ができることのようで、ふかふかと体が沈む上質なソファーと口元に運んだコーヒーカップの薄さに、むしろ居心地の悪さを感じる。

外は雨。二階にある店の窓辺に陣取った私は、雨粒がゆっくりと流れ落ちていくガラス窓に映り込んだ自分を見ながら、天気同様に沈んだ気分を何とか盛り上げようとしていた。

今日はたまたま数名の派遣社員の悩み相談が重なった。本人たちは気が付いていないのかもしれないが、肉親や友人でもないのに人様の仕事の愚痴や文句を延々と聞かされるというのは本当に苦痛だ。

「こんなことに困っているのでこうしてほしい」と何かしらの解決を求められるならばどうにかしてあげたいと思うが、同じ話を何度も何度も聞かされると心が削られる。就業時間中に仕事を抜け出して、こちらの都合も気にせず一時間も二時間も好き放題話した上で「田中さんって本当に聞き上手ですね」なんて言われると腹立たしさしか湧いてこず、私を誉めたつもりの当人たちには苦笑いでしか答えられない。

すっかりすり減った心と、雨で湿り気を帯びた靴下の不快さにうんざりしつつ、何とか彼女が来るまでに気持ちを持ち直さねばとスマートフォンの画面を眺める。しばらくすると店の入り口辺りで店員に私のいる場所を尋ねているらしい清水敦子の姿が見えた。

私を見つけると嬉しそうな顔をして足早にこちらに向かってくる。そろそろバータイムが始まるらしいこの店に仕事終わりに待ち合わせている私たちは、まわりから見れば恋人にしか見えないだろう。サイオン社の近くにあるこの店には、いつ私の担当の他の派遣社員が来てもおかしくない。妙な誤解をされないよう、わざとらしいくらいの営業スマイルと大袈裟な会釈で彼女を迎える。

「田中さんのお顔を見たら安心しました」

坐りの深いソファーにスカートの裾がシワにならないよう注意深く両手で織り込むようにしながら座った彼女は言った。

私を見たら安心した?なにを言っているのだろうか。「なんのことですか?」私は思わず真顔で聞き返してしまう。

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