【10-1】朝の連続派遣小説『へばりつく』

【10】

「田中さん、またメロンパンですか?」

ここのところ毎日のようにコンビニでメロンパンを買って帰るので木村にからかわれるようになった。月末月初にかけては事務仕事が立て込み、連日帰りは遅くなる。糖分を失った脳は働きが悪い。小腹を満たしつつ糖分を補充する。私にとってメロンパンはとても効率の良い食べ物だ。

「前にも言っただろ。メロンパンは間食にうってつけなんだって。だいたいなにか少し腹に入れとかないと、この大量の事務処理終わらせられないよ」

いまは午後6時。月末最終日の今日は派遣社員が一ヶ月の勤怠を報告する日だ。最近はウェブ上の勤怠管理システムが主流になりずいぶん便利になったものだが、結局は人が入力するもの。派遣社員がその入力をし忘れると派遣先への請求額が確定せず請求書が発行できない。

四半期決算を行うサイオン社は四半期翌月の請求書の提出締め切りが極端に早い。大手様はとにかくわがままなのだ。月末最終日の今日は派遣社員の勤怠入力状況をチェックし、明日以降の請求書の早期発行に支障がないように準備をしなければいけない。

「田中さんってどんなに遅く帰っても家でご飯食べるんですよね。奥さん待っててくれるんですか?」

「まぁ帰る時間によるけどね。会社帰りに食べちゃってもいいんだけど、なんか一日の区切りがつかなくてさ。奥さんに今日、子供たちがどうだったかも聞きたいし」

木村は「へえ、家族想いですね」なんて関心をしているが、特別家族思いというわけでもないだろう。毎日遅くまでストレスを溜めながら働いている意味はなんだろうと考えたときに、私はたまたま家族に行き着いたというだけのことだ。

パン屑が落ちないように苦心しながら片手でメロンパンを口に運びつつノートパソコンと向かい合う。担当の派遣社員の勤怠を確認し、未入力の人に電話やメールで状況を確認する。営業職の派遣社員のインセンティブの計算もあるから今晩はかなり遅くなりそうだ。

画面を凝視し過ぎてチカチカしてきた目元を押さえていると、事務の女性社員に声をかけられた。

「あの・・・田中さん。清水さんって方がいらっしゃってるんですがどうします?アポは取っていないっていうんですが」

「清水さん?清水さんっていうと清水敦子さん?」なんの心の準備もできていなかった私は、彼女のフルネームなど知るはずもない女性社員に少しきつい調子で聞き返してしまう。

「いえ、すみません、フルネームまでは聞いていなくて。田中さんを呼んでくれればわかるって言われたので細かく用件も聞いていないんですけどもう一度聞いたほうがいいですか?」

「私たちの担当で清水さんって彼女しかいないですもんね。きっと清水敦子さんですよ。いきなり会社に来るなんて」横から木村が驚いた様子で口を挟んだ。

さて、どうしたものだろうか。急に来社したとはいえ、門前払いをするわけにもいくまい。月末の忙しい時期でもあるし、とりあえず用件だけ聞いて早々に帰らせようか。

「そうしたら会議室に通してもらえますか?私すぐに行くので」女性社員にそうお願いをし、私はすぐに永岡のもとに向かう。

「部長、すみません、お忙しいところ。先日ご対応を頂いたサイオンの清水敦子さんが急に来たみたいなんですよ。来てしまったものは仕方ないので、これから少し話そうと思っているんですが、またあとでご報告をさせてもらいます」

「えっ、急に来たのか?約束なしに。月末に困ったものだな。わかった、なにかおかしなことがあったら途中でもいいから呼んでくれ」虚をつかれたからか、永岡は反射的に返事をした。

いったいなにをしにここに来たのだろうか?ここ数日連絡はなかった。永岡は「清水さんには田中君が担当を続けるかどうかは少し考えさせてほしいって言ってある」と言っていたから、そのことかもしれない。

なんにしても、この忙しいのに勘弁してほしい。彼女が永岡に直談判なんてするから悪目立ちしてしまったが、そうでなければうまいこと本人を言いくるめて辞めてもらいたいくらいだった。

会議室のドアのスリットガラスから様子を窺うと小柄な女性の姿が見える。俯いているので表情はわからないがやはり清水敦子だ。ドアをノックするとビクッと肩を震わせた。

「すみません。急にお伺いして」

私が部屋に入ると同時に彼女は立ち上がる。もともとか細い印象ではあったが、ついこの間会ったときよりもひと回り小さくなったような印象を受ける。

「どうしたんですか、今日は?少し具合が悪そうですけど、大丈夫ですか?」意識してつっけんどんに応対するつもりが、思いの外優しい口調で問いかけてしまった。

「えぇ、最近ちょっと眠れなくて」

やはり目の周りはうっすらと青黒くクマで縁取られている。少しふらついていて、軽く突いただけで倒れてしまいそうだ。

「そうですか・・・前にもおっしゃっていたご家庭のことですかね。そちらは私にはお役に立てないんですが、お仕事の方はご負担ではないですか?」話題が夫との離婚話におよぶ前にこちらから蓋をする。

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