【13-1】朝の連続派遣小説『へばりつく』

【13】

「責任者の永岡と申します」

永岡と打ち合わせを共にするのは久しぶりのことだ。営業出身の管理職のわりに外出を好まず、営業マンと同行をすることは少ない。

何人かの同僚から聞くと「交渉力がない」とか「ピントの外れたことを言ってお客を困惑させる」とか散々な言われようだから、商談の能力はさほど高くはないのかもしれない。

ただ、上司に能力を最大限に発揮してもらわなければ乗り切れない商談を組む営業マンなど下の下だとも思ってしまう。

私も何度か同行をしてもらったことはあるが、十数年もこの業界で飯を食っているベテランともなれば、商談を上司に丸投げするようなことはしない。

クレーム対応にせよ、表敬訪問にせよ、ある程度事前にお客と話を済ませておいて、「会社の姿勢として上司を連れてきました」という段取りを組んでおく。つまり私に連れて行かれた上司の話すことは決まっていて、商談は能力を発揮する場ではないのだ。肩書きのついた名刺に人がついてきたという感覚だろうか。

今日のこの清水敦子含めた三人での打ち合わせも、彼になにかしらの能力の発揮を期待してはおらず、私なりに二つの狙いがあった。

一つは永岡をこのトラブルの当事者にすること。私のことを自分とライバル関係にある高田部長の子飼いだと思っている永岡は、この件で私を助けようと思っていないし、他人事のままだと足元をすくうような真似をしかねない。

もう一つは上司である永岡を巻き込むことで、彼女のストーカー行為は私との個人間で解決されるものではなく、会社として対処するものだということを示すこと。

そして今日の打ち合わせのゴールは「あなたが田中に行なっている言動はストーカー行為であると認識している」と明言し、「今後そのような言動はやめてほしい」と注意喚起を行い、「その対応として田中をあなたの担当から外す」と永岡から彼女に伝えてもらうことだ。

永岡とは事前に認識合わせをしていたが、聞いているのかいないのか生返事といった様子だった。これだけ段取りを整えてやってなにも結果を出せなければ、さすがにそれは彼の管理職としての能力の問題だろう。

とりとめのない雑談を投げかける永岡。人見知りなところがあるのか、彼女は目線を泳がせながらそれにこたえている。たまに助けでも求めるようにこちらをチラチラと窺うが、もちろんそれにはこたえてやらない。

「それで先日のお電話でもお聞きをしたのですが、ずいぶんとうちの田中をご評価頂いているみたいですね。ありがとうございます」

そろそろ本題に切り込むつもりか。お手並み拝見だ。

「サイオン社でお仕事を続けるにあたって、引き続き田中が担当でいることをご希望だということなんですが、チームを異動されるにあたって本来は別の女性の営業が担当をさせて頂くことになっていたんですよ」

彼女はビクッとかすかに肩を震わせた。永岡はそれに気がついていない様子で話を続ける。

「その営業はとても話しやすい女性でしてね。きっとお仕事の相談も気軽にして頂けますよ」

「あのっ」彼女は溜まりに溜まったため息を吐き出すように少しかすれた声で永岡の話を遮った。

「お電話でもお話をしたと思うんですが、私は田中さんを本当に頼りにしていて、それで今後も担当をしていただきたいと希望しているんです。田中さんが担当から外れるなら、新しいチームでも新しい職場でも変わらないですから転職を考えます」

憤った様子の彼女に永岡は動揺していない。なるほど、手っ取り早く彼女の反論を引き出すためにあえて空気を読まない発言で誘い水をむけたようだ。

「そうですか。そこまで田中をご評価頂いているんですね。上司としては誇らしい限りです」わざとらしい笑顔で私の方を見ながら会話の隙間を埋める。

「そうしますと、清水さんは不安も多い新しい環境で頼りにしている田中がいないのであれば、サイオン社の新しいチームであろうが、新しい他の職場に転職をしようが変わりがないとお考えということですね。ですから田中が担当から外れるのであれば転職を考えると」

彼女は真っ直ぐに伸ばした両手を膝の上に乗せたままコクリと頷く。

「そうしましたら、こういうのはどうでしょう」永岡はいいことを思いついたというように膝を叩いた。

「新しい環境にご不安があるようですから、しばらくは田中を担当させます。ちょうど契約は三ヶ月単位ですから、その度に今日のように集まって新しい環境への慣れを確認したうえで、慣れたところで本来の担当に変えるというのはどうでしょうか」

なかなかいいアプローチだ。「新しい環境への不安から引き続き田中が担当することを希望する」と言質を取った上で、「新しい環境に慣れれば問題が解決するなら、節目を設けて担当を変更する」と切り返す。こうなれば彼女は本音を吐露するしか手はないだろう。

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