【16-1】朝の連続派遣小説『へばりつく』

【16】

その年の新卒は合計で百人くらいだった。八割は総合職で、残りの二割は事務職。配属までの新卒研修は職種に関係なく行われ、四月から約二ヶ月の間、とにかくずっと一緒にいて、助けあったり、競い合ったりと濃密な時間を過ごした。

私たち事務職はエリア採用で地元が一緒だったから、気の合う五人で休みの日も集まったりした。全員が等しく仲が良いというよりは、二人組と三人組のセットみたいなグループで、その枠組みを飛び越えて個人的に会うことはなかったように覚えている。

総合職は仮配属の期間が長かったけれど、事務職は最初から本配属で、学生からいきなり社会人としての実務に向き合うことになり、四苦八苦した記憶がある。私はそれほど要領が良くなかったから、仲間にはずいぶん助けてもらった。

女同士で集まればやっぱり恋愛話に花が咲くもので、新卒同士で誰と誰がくっついたとか、どこそこの部署の二年先輩の男性社員は仕事ができてかっこいいとか、そんな話ばかりしていたような気がする。

敦子はそんな五人グループの中の一人で、小分けにしたら、三人組の方のオマケの子みたいな印象だった。目立つタイプではないけれど、小さくて透き通るように色白で、よくみると目鼻立ちが整っていて、綺麗な子だった。

そんな見た目とバランスをとるように大人しく、会話の中心にいるよりも、一歩引いたところからニコニコ話を聞いていることが多かった。リーダー的な存在の子が、とにかく喋っていないと気が済まないタイプの子で、従者のようにその子の話をウンウンとひたすら聞いていたのが強く記憶に残っている。

女同士の中では目立たない子というイメージの彼女だが、男性から見ると違った印象のようだった。か弱い女の子を守ってあげたいと思うような庇護欲の強い男性からするとツボにハマるタイプのようで、同期や同僚から「彼女って誰か付き合っている人いるの?」と、探られることも多かった。

飲みの席で、彼女に興味を持つ同僚にその理由を尋ねると「彼女って小動物系っていうか、ちょっとした仕草が女の子らしいっていうか、守ってあげたくなるんだよね」とか、「ギュッと抱きしめたら消えてなくなっちゃいそうで、その儚い感じがそそられるんだよ」とか言っていて、その感覚は全くわからなかったが、どちらかというとガサツなタイプの私は、彼女がどうして男性の関心を引くのだろうと個人的に興味を持つようになり、たまたま近くの部署にいることもあって、その振る舞いを目で追うようになった。

彼女は男がどれだけつまらない話をしていても、小さな頭を小刻みに縦に振りながら一生懸命に話を聞いている。パーソナルスペースが狭いのか、自然に相手の懐近くまで入り込み、上目遣いに見上げるように話をする。男からすると、この女は自分に気があると思うに違いない。

女同士の間ではそういう振る舞いを「男に媚びている」というのであって、女性社員からは概ね嫌われていた。私は彼女が嫌いなわけではなかったが、無自覚な振る舞いは時に人を酷く苛立たせる。

たまにはグループで集まったり、SNSでやりとりはしたりしたが、会社勤めも二年、三年と経ち、彼女が結婚退職をしてからは特に連絡を取り合うこともなくなった。

そんな彼女がなぜか今、ここにいる。

彼女から連絡があったのは二週間ほど前のことだ。かれこれ五年以上連絡は取り合っていなかったが、「話を聞いて欲しい」とメッセージが届いた。唐突な誘いにネットワークビジネスか宗教の勧誘だろうかと疑ったりもしたが、身の上話を聞いて欲しいと言うことだったので、たまたま職場が同じ池袋ということもあって、仕事帰りに会うことにしたのだった。彼女と同じく結婚退職をした他のメンバーとも久しく会っていないし、また五人で集まるいいきっかけになるかな、くらいの軽い気持ちだった。

久しぶりに会う彼女は、見た目こそ当時と変わらなかったが、少し影があるような印象を受けた。かかわりの薄かった私に身の上話をしたいというくらいだから、何かしら苦労はしているのだろう。個室を売りにしたダイニングバーに入ると、しばらく昔話に話を咲かせたり、同じ池袋で働いている奇遇を話す。

少し間を置いてから思い切るように口を開いた彼女は「離婚しようと思っているんだ」と打ち明けた。ポツポツと断片的に夫婦関係を話し始める。夫の事業が失敗したこと、それでも浪費は止まらず自分が働き始めたこと、夫が酒に酔って暴言や暴力を振るうこと。

「暴力って大丈夫なの?」私が聞くと、彼女はカーディガンを肩からずらし、両腕を見せた。真っ白く細い腕が薄暗い店内の間接照明に照らされ、ところどころ不自然な陰影が浮かび上がる。

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