【18-2】朝の連続派遣小説『へばりつく』

昨晩のヤケ酒の二日酔いでぼんやりとしていた頭が徐々に仕事モードに切り替わっていく。山下課長が対応するのか。永岡との電話では言わなかったが、トラブル専門の課長とはいっても実質は現場で通用しなかった閑職であって、山下課長もそういった立ち位置だ。悪い人ではないのだが、ややこしいトラブルをすっぱり解決に導けるような力量はなかったと記憶している。つまりはかたち上、本社から人を割り当てられただけで実質は現場で解決するということだ。

私は直接の被害者だから、この件の前線からおりることができたが、今後は主に永岡が清水敦子の対応をすることになるのだ。セクハラの汚名を着せられたままで問題解決をするのはかなり難しいことだろう。それによって自分に降りかかる影響を考えつつ、スマートフォンに手を伸ばす。とても子供たちの試合を応援できるような気分にならない。

「ねえ、何してるの!もう試合始まっちゃうよ」なかなか来ない私に妻が痺れを切らせて駆け寄ってきた。

「いや、それが結構なトラブルが起きちゃってさ。ちょっと試合見てる場合じゃなくなっちゃったんだ。車に戻ってメールチェックしてくるよ」

ブツブツ文句を言いつつ、「仕方ないわねぇ」と言い残すと妻は駆け足でグラウンドに戻って行った。

車に乗り込んだ私はメールアプリを立ち上げる。受信トレイには32件のメール。古い未読メールから順を追って読み込んでいく。やはり清水敦子からのメールがずらっと並んでいた。

《10月5日お打ち合わせの件》
《着信拒否しましたね》
《なんで話を聞いてくれないんですか?》
《頼りにしていたのに裏切るんですか?》
《田中さん、連絡をください》
《見積書送付のお願い》
《早く電話をください。今日中に連絡がなければ会社にクレームを入れます》
《どうなっているんですか?早く連絡をください》
《信じていたのになんで簡単に裏切れるんですか?》
《ご契約更新の件》
《明日会社にクレームを入れます。裏切ったのでそれなりの報いを受けてもらいます》

最後のメールは夜中の1時半。SMSやLINEなら短いメッセージのやりとりは普通のことだが、メールの件名に自分の伝えたいことだけを入れ、次々と送られてくるメールは他のメールの中に混ざっても違和感を覚える。

《清水敦子さんより抗議の電話》
《クレーム入電 清水敦子さん》
《要対応 清水敦子さんよりクレーム》

今日の朝になると本社や地方支店からのメールが並び始めた。内容を一件一件見ると、なるほどさっき永岡の言った通りの内容だ。どのメールでも私のことについては〈連絡が取れない〉ということだけであって、強い抗議はされていない。反面ひどいのは永岡に対する中傷だ。一度しか会ったことがないということを前提に〈ジロジロと私の全身をイラやしい目で舐めるように見た〉とか、〈胸元を覗き込むように見てきた〉と、どぎつい抗議とともに〈管理職としてあってはならないことで、会社として誠意ある対応を求めます〉と主張したようだ。

そのあと、私をCCにして法務部や営業担当役員を含めたメールのやりとりが連続する。要点をまとめると次のような方針となったようだった。

・清水敦子への対応は永岡部長と法務部 山下課長が行う
・ストーカー被害の当事者である田中課長は清水敦子との接点をなくすため一切の接触をさせない(しばらくは本社オフィスで勤務)
・これまでの清水敦子と田中課長の対応経緯をまとめるとともに、メールなど物証を揃え、顧問弁護士と所轄の警察署に相談する

その対応策は妥当であったが、やはり気になるのが永岡が本人対応の主体となるということだ。本当かどうかは別として、セクハラの訴えを受けている彼が、彼女に対してどこまでものが言えるのか甚だ疑問だ。

もっと早い段階で私と清水敦子の接点をなくす判断をしていればここまで大事にはならなかった。セクハラの訴えも含め、永岡の管理職としての判断ミスに対して責任を問われたのかもしれない。私は永岡に「課長なんだから自分でなんとかしろ」と言われたが、彼が役員から全く同じようなことを言われていてもおかしくはないのだ。

嫌いな上司とはいえ、ここまで踏んだり蹴ったりだとさすがに気の毒になってくるが、まずは自分の身を守ることが先決だ。直接の接点はなくなったとはいえ、どんなかたちで彼女が再び接触して来るかわからない。永岡と山下にはなんとしてもこの件を解決してもらわなければ。

一通り事態を把握した私はサッカー会場へと向かう。河川敷特有の強い横風がからだを揺らし、激しく舞った砂埃が目に入って視界が曇る。何度瞬きしても異物感が取り去れない。どうにもうまくいかないことばかりだ。

次の話→