【21-2】朝の連続派遣小説『へばりつく』

いつ息継ぎをしているのだろうかと心配になるほど勢いよく喋り続ける彼に違和感を感じる。私が浮気相手ではないという確信を持っているようだが、それにしたって会ったこともない相手に、いわば身内の恥を、こうもペラペラと話したりするものだろうか。

「それで私、カチンときまして〈じゃあ一度会って話をしましょう〉って啖呵を切って会うことにしたんです。当日待ち合わせの場所に行ったら、その男と上司と名乗る男の二人組がいまして。証拠を見せられたんですよ、色々と。妻がその男に一方的に送ったメールとか、大量の着信履歴とか、妻の発言の記録とか。〈ちょうど証拠も十分に揃ったので警察に行こうと思っていた〉なんて言われましてね」

電話越しでも男の興奮した様子がわかる。話しながら当時の状況を思い起こしているのだろう。

「どれだけ話を聞いても妻が一方的にその男に言い寄っていたとしか思えなくて。仕方ないのでその場で土下座しましたよ。どうか警察だけは勘弁してくださいって。後日、妻も同席させて〈二度と付きまとったりしない〉と約束させて、けじめとしてその職場も辞めさせました」

ひとしきり話終えたということなのか、男がスゥーっと息を吸い込むのが聞こえる。話はよくわかった。よくまとまった話だ。清水敦子の異常な言動は身に染みているから、彼の言う話がまったくの嘘だとも思えない。ただ、彼の話ぶりに違和感が拭えないのだ。このモヤモヤの原因はなんなのだろうか。

無言のままその理由を考えると、思い当たることがあった。そうだ、かなり以前に担当だった男性の派遣社員と話し方が似ているのだ。

その男は派遣社員として働きながら、内緒でネットワークビジネスをやっていた。仕事に支障が出ない分には見逃すこともできたのだが、しばらく経ってから職場のメンバーに勧誘を始めたのだ。職場の中で数人のグループを作り、そこから勧誘の根を広げていく。あのトラブルの始末をつけるのには苦労した。その男の、もっともらしいのにどこか胡散臭さを感じさせる話ぶりにそっくりなのだ。

「もしもし、聞いてますか?」私が無言でいるのに不安になったのか、声をかけてくる。

「はい。お話はわかりました。ただ、突然の話で頭の整理がつきませんで」

「そうですよね。おっしゃる通りだと思います。それで、できれば一度お会いしたいと思っていまして」

さて、どうしたものか。本当に清水敦子の夫かも確証の持てないこの男。会うことにどんなリスクがあるだろうか。少なくとも私の勝手な判断で一人で会うことは避けた方がいいだろう。

「すみません。私が一人でお会いする判断をできないものですから、一度上司に確認をさせて頂いてもよろしいですか?またお電話しますので」

彼は少し不満そうな声で「わかりました」と答え、電話を終えた。

リラックスをしようと訪れた日比谷公園だったが、すっかり気を削がれてしまった。荷物を片付け、次の商談のある銀座方面に向かう。胸ポケットからスマートフォンを取り出し、山下に電話をかける。

「もしもし、山下さんですか?実は今、清水敦子さんのご主人と名乗る方から電話がありまして・・・」

公園を出て信号を渡り、改装した帝国ホテルを右手に眺めながら歩みを進めた。先ほどの清水忠典との会話の内容を簡単に伝えた上で判断を仰ぐ。

「それで私に会いたいっていうんですよ。会うことでのデメリットはないと思うんですが、私一人で勝手に決められませんし、私一人で会うのもどうかと思って。それになんだか話が出来すぎているっていうか、あんまり信用できない話ぶりでして」

「わかりました。永岡さんとも話しておきますが、会いましょう。田中さんがいないと向こうが我々に会う意味がなくなってしまうでしょうから、田中さんも同席してもらっていいですか」

この面会が事態の解決に役立つものなのか、それとも新たな火種となるのか。またも心は波立つのだった。

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