【23-1】朝の連続派遣小説『へばりつく』

【23】

清水忠典の容貌は電話で話した印象とずいぶん違うものだった。

歳は四十前後くらいだろうか。仕事柄なのか、がっしりとした体躯に日焼けした肌、太い眉毛は意志が強そうに見える。スーツはよく似合っているが普段着なれないのか、どこか窮屈そうだ。初対面すらしていなかった私に、自分の妻の不貞をペラペラと電話で話していたときに感じた胡散臭さは見当たらない。

永岡と山下との事前の打ち合わせでは、本人確認をしたうえで、話を聞く分には問題ないだろうということになった。清水敦子に山下から何度メールをしても返信はなく、職場に電話をしても居留守を使われてしまうようだ。事は何も進展の兆しがなく、本人と満足に対話ができない中で、夫と名乗る彼との接点はなんらかの解決のきっかけになるかもしれない。

この前の電話では、前の職場で妻が社員にストーカーをしていたことがわかり、二度と付きまとわないことを約束させ、けじめとして辞めさせたと言っていたが、我々にとってそれも一つの解決だろう。

「はじめまして、清水忠典と申します」

彼の差し出した名刺には清水設備株式会社 代表取締役とある。なるほど建築関係の経営者か。勤め人とは少し違った雰囲気の理由がわかった。

「すみません、わざわざお越し頂いてしまって。山下と申します。こちらが永岡、そしてお電話でお話し頂いた田中です」

ひとしきり名刺交換と世間話を終え、本題に入る。話のリードは山下が行う段取りだ。

「それで清水さん、田中から大体のお話は聞いているのですが、奥様が当社の派遣社員としてご就業頂いているということですね」

「ええ、妻からそう聞いています。田中さんにお電話でお話した通り、以前にも妻が他の会社さんでご迷惑をおかけしたことがあって。最近様子がおかしいものですから、また同じことになっていやしないかと心配しているんです」

「失礼なのですが、最近、世間も個人情報にうるさいものですから、奥様と清水さんの関係性をお示し頂くようなものはございませんか?」

それについては私から事前に頼んであった。そもそも彼が本当に清水敦子の夫であるかということだ。それが証明されないままに話をすることなどできない。

「はい、用意しましたよ。しかし大きい会社さんはなかなか厳しい情報の管理をされているんですな」

彼はハンドバックから住民票を取り出し、テーブルの上に置く。当社に登録をしている彼女の住所や緊急連絡先と同じであることが確認できた。

「ありがとうございます。それでご心配というのはどのようなことでしょうか?」

「お恥ずかしい限りなのですが、妻は前の職場でその会社の社員の方にストーカーをしていたみたいなんです。細かい経緯はそちらの田中さんにお電話でお話ししたとおりです。そのときの家での妻の様子と、最近の様子が似ているものですから、また同じようなことになっているのではないかと心配していましてね」

「なるほど、その様子というのはどんなことですか?」

「田中さんから聞いていませんか?」彼は山下からの質問に心外そうに答え、責めるような視線でちらりと私を見る。

「だいたいは聞いていますよ。ただ、こうして直接お会いしたわけですから確認の意味を含めて改めておうかがいしています」

「そうですか。妻の様子がおかしいというのは、例えば家事が疎かになったり、仕事はとっくに終わっているだろうに帰宅時間が遅くなったりということです。まさに今もそうなんですが、私といても常に上の空というか、何を話してもぼーっとしてます」

「それでどうなんですか?うちの妻は田中さんにご迷惑をおかけしているんでしょうか?妻の携帯電話の発信履歴とかメールの送信履歴を見ると、普通じゃ考えられないくらいに田中さんの名前が並んでいたんです。ご迷惑をおかけしているようなら私から厳しく言いますから。お仕事でもご迷惑をおかけしてるようならけじめをつけさせますし」

押し込むように問いかけてくる彼に、三人は無言になり顔を見合わせる。事前の打ち合わせでも論点になったのは、彼の目的が読めないという点だ。

確かに彼が清水敦子のストーカー行為を止めてくれ、けじめとしてサイオン社での仕事を辞めさせてくれるのなら我々にとっては万々歳だ。派遣先では今のところ問題になってはいないが、禍根を残したまま働き続けられるのは当社にとってリスクでしかないし、いっそ辞めてもらった方がせいせいする。

ただ、そんなに気になるなら直接本人に聞けばいいではないか。なんでわざわざ被害者である私に直接電話をし、会社にまで乗り込んでくるような真似をするのか。普通の感覚ではそういった行動は取らないだろうし、せめても妻から言質をとってからの行動のように感じる。つまり行動の順番が逆なのだ。同じ疑問を感じたのか、永岡が口を開く。

「あの、少し疑問なんですが、奥さんには直接質問されたんですか?その・・・うちの田中にストーカー行為をしているかどうかって」

清水は苛立った様子を隠す気もないようで、見下すような目線で答えた。

「妻に聞いても答えが来ないから、ここに話を聞きに来ているんですよ。わかりませんか?」

「それは直接お聞きになっても返事をしないってことですか?それとも何か聞こうとすると逃げ回られてしまうってことでしょうか?」

彼の話ぶりに違和感を感じた私は横から口を挟む。面と向かって質問して答えないなら「聞いても答えない」と表現するだろう。「聞いても答えが来ない」とは、メールを送ったのに返事が来ないときのような表現ではないか。

「そんな事はどうだっていいでしょう。とにかく妻が御社にご迷惑をおかけしているのであれば、私がなんとかしますから教えてください」

誠意の押し売りのような発言に、またも三人は顔を見合わせ、目で合図をかわす。ここは山下に任せよう。

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