【23-2】朝の連続派遣小説『へばりつく』

「清水さん、奥様が弊社の田中にストーカー行為をしているかもしれないということで、それを止めて下さるというのはありがたいお申し出なのですが、弊社としては奥様の言動がそういった行為に当てはまるのか慎重に判断をしています。田中はつい最近まで奥さんに働いて頂いている派遣先の営業担当だったのですが、最近私に担当が変わりました。まだ直接奥様にお会いができていないのですが、一度ご本人とお話をさせて頂いた上で、必要でしたらご協力をお願いさせて頂けないでしょうか。ご主人とはいえ、雇用契約はあくまで奥様と当社のものですし、基本的には当事者同士で解決することなのかと感じています」

大股を開き、憮然とした表情で目の前に座る彼の目的がどうにも掴みきれない中、夫とはいえ、直接的な関係のない人物にこちらの考えを全て話すのは危険だろう。山下の妥当なコメントに、打ち合わせは終盤の空気が漂う。

「もしかして妻から変な話を聞いていませんか?」清水忠典は急な投げかけをした。

「変な話と言いますと?」山下は質問に質問で返す。

「例えば、離婚調停中だとか、それは私の浮気が原因だとか、暴力を振るわれているだとか。そんなのは全部妻の虚言ですから。前もそうだったんですよ。あいつ、被害者ぶって」

「いえ、そんな話は聞いていないですよ。そんなことを奥さんがおっしゃるような背景があるんですか?」

「だから妻の虚言だっていっているじゃないですか。いったいどこでなにをしているんだか」

「清水さん、それはどういう意味でしょうか。奥さんがご自宅にいらっしゃらないってことですか?」

「あっ、ええ、ちょっとね。ここ数日家に帰ってこないんですよ。電話やメールをしても返事もないし」

口を滑らせてしまった動揺を隠すように、努めて冷静なそぶりをしているが目が泳いでいる。

なにやら話の雲行きが怪しくなってきた。清水敦子はここ数日家出をしていて連絡がつかないという。そうなれば彼は妻の不始末の火消しをしにきたのではなく、妻と連絡をつける手がかりを探しにきたのではないだろうか。我々が彼女の居場所を知っているとでも思っているのかもしれない。

「待ってください、清水さん。そうなってくると話が変わってきますよ。状況は正直にお話し頂かないと私どももなにもお伝えすることはできません」

「正直に話しているじゃないか、我が家の恥もなにもかも。そちらに迷惑をかけないためにわざわざこうして出向いているっていうのに。派遣っていう仕組がよくわからないけど、要するに雇用主はおたくだけど、働き先は別の会社ってことでしょう。妻はそこにいるってことですよね」

興奮してきたのか目を見開き、唾を飛ばしながら反論する。暑いのか剥ぎ取るように上着を脱ぎ、隣の椅子に投げるように置いた。

この調子だと彼は妻を探し出すためにサイオン社まで押し掛けかねない。派遣先は我々にとってはお客、いい歳をして家出したウチの派遣社員の夫が急に乗り込んできたなどということになれば、間違いなくトラブルになる。

「別に働き先に直接行ってもよかったんですよ。でも、いま私がしなきゃいけないのは妻を探すことではなくて、またストーカーをしてるかもしれない妻を止めることだから。なので田中さんに連絡をとってここに来たんですよ」

ひとしきり話終えるとなにやら得意そうな顔をしている。つまりこういうことだろう。妻のストーカー行為をやめさせることだという建前は守りつつ、実際の目的は妻を探し出すことである。その協力をしなければ派遣先に乗り込んでやる。そんなことをされたらおたくは困るだろう。暗にこう脅しているに違いない。

しかし本当に派遣先の住所を知っているのだろうか?そうであればこんな探るような投げかけはしてこないのではないか。ここまで押しかけてきた行動力でさっさと派遣先まで妻を探しに行っているに違いない。私はヤマを張った。

「派遣先に行かれるのを止めはしませんが、先方からすれば清水さんは全くの部外者ですからね。おそらく相手にされないでしょうし、奥さんとも会えないでしょう。営業妨害だということで警察を呼ばれたりすることもあるかも知れません。少なくとも清水さんにそんなおつもりがあるようでしたら、私は事前に派遣先に連絡をしておきますが、それでよろしいですか?」

「だから、私の目的はあなたへの妻のストーカーをやめさせることだって言っているじゃないか!わからない人だな」彼は鼻息荒く反論する。

「そうですか。それなら結構なんですが。清水さんが〈働き先に直接行ってもよかった〉とおっしゃったんで念のためにね。で、あとひとつお伝えしておくと、私は一度も清水敦子さんからストーカー被害を受けたなんてお話をしていませんよ」

「なんだって?だってあんなにあなたにメールやら電話をしていたじゃないか。あれがストーカーじゃなくてなんなんだ」

「まぁ、あくまで受け止めの問題ですから。それにそういったセンシティブな問題は第三者である清水さんとお話しするようなことではないと思っています。先ほど山下が申し上げた通り、当事者同士で解決することですから。必要がありましたらこちらからご連絡をさせて頂きますよ」

淡々と結論を述べる私に、永岡も山下も異論はないようだ。「では、そういうことで」と場を閉めようとする山下の言葉にかぶせて清水忠典は悪あがきのように声を絞り出した。

「わかりましたよ。じゃあ妻と連絡を取る機会があったら、私に電話をする様に伝えておいてもらえますか」

はっきりと返事はせずに、肯定とも否定ともとれない目配せで返答し席を立つ。彼は食い下がるそぶりを見せたが、どうせ言っても聞き入れられないと諦めたのか、荒々しくジャケットを羽織る。

「うーん、なんだか信用できない感じの人でしたね」

清水忠典がオフィスを去った後、三人で再び会議室に集まった。結局、彼の目的はこちらに協力するフリをして家出した妻の居場所を掴むことだった。清水敦子の家出の原因はわからないが、それは夫婦の問題であって、我々が関知するところではない。

「すみません、最後に私、出しゃばってしまって」

「いえいえ、田中さんが追い詰めてくれたんで相手の狙いがわかりました。ご本人も言っていましたが、奥さんへの暴言とか暴力とかがあるのかもしれないですね。それで田中さんに精神的な助けを求めたり、家出したり。まあ、どっちが先の話かわかりませんが」

他人事のような山下の話に納得しつつも、ムッとしてしまう。私の様子に気がついたのか少し慌てたようすで話を続ける。

「いや、だから田中さんに付きまとっていいってわけじゃないですけどね。いい迷惑ですし。それにしてもご主人は今回の問題解決には役に立たなそうですね。それどころかかかわったら余計にややこしくなりそうだ」

山下の感想を受けて永岡が口を挟む。

「山下さん、彼女は連絡がつかないんでしたよね。田中君、彼女は毎日出勤はしているんだよな?明日山下さんと二人でサイオン社に行ってみようか」

「あまりこちらから出勤を確認すると不自然なので確かではないですが、あそこは勤怠にうるさいので欠勤していたら連絡はあるはずです。おそらく出勤していると思いますよ」

「そうしたら田中さんから派遣先の担当者に適当な理由で彼女と面談をするという連絡だけしておいてもらいましょうか」

腕時計に目線を送ると時刻はもう21時だ。事前の打ち合わせを含めて、この件で三時間近く取られてしまった。他にもいくつかトラブルを抱えているのだ。いつまでこんな日々が続くのだろうか。

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