【24-1】朝の連続派遣小説『へばりつく』

【24】

金の切れ目が縁の切れ目とはよく言ったものだ。取引先も、ヘコヘコと俺に頭を下げていた業者も、昔からの友人も、女も、すべてが潮が引くようにさぁっと俺の前から消えていった。

親父から引き継いだ会社をわずか数年のうちに三倍の売上にまで伸ばし、数人しかいなかった社員数も二十名近くまで増やした俺は有頂天だった。

金が集まるところには人が集まる。誰もが俺の判断をご神託のようにうやうやしく扱い、反論をする者などいなかった。いや、反論を許さなかった。少し変わったことをすると小言を言う親父でさえ更迭し、経営の一線から切り離した。

潮目が変わったのはメインの取引先であったディベロッパーの倒産だった。多額の売掛金は焦げ付き、資金調達もままならない。連鎖倒産一歩手前まで行ったが、それを救ったのは親父の財産だった。自分の興した事業が可愛かったということなのだろう、実家の土地や株を売り、親戚中に借金をして回ってなんとか会社は存続されたが、俺は経営から外された。今や社員は古参の三人のみで、結局は親父がやっていた昔通りの町の工務店に姿を戻したのだった。

七十近い親父は「お前はサラリーマンのが向いているよ」と言うが、いまさら上にへつらうような働き方に戻れるものか。別に事業を興すのか、親父の言う通りサラリーマンに戻るのか、腰をあげなければいけないのはわかっているが、どうにも心と体が前に向かない。一応会社には籍を置いているから給料らしきものは支給され、小銭に困ることはないこともあって、ここ数ヶ月は地元の立ち飲み屋で安酒をあおるような怠惰な生活を送っていた。手元に残ったものといえば妻と、このマンションくらいのものだ。

「来月から外で働いてもいいですか?」

会社が傾きかけた頃から妻は外で働き始めた。夫婦二人で子供もなく生活費は大してかからなかったが、羽振りの良かった頃の調子で湯水のように金を使うクセが抜けず、家計は厳しかったようだ。

仕事が忙しくて連日深夜まで帰らなかろうが、女とホテルにしけ込んで普段使いと違う石鹸の匂いをプンプンさせて帰ろうが、最近では毎日のように安酒を飲んで酔いつぶれて帰ろうが、何一つ文句を言わず、まるで「妻」という置き物のように家に据えられていた敦子が珍しく意思表示をしたのだ。

なにか底知れない魅力を感じた気がして急かされるように結婚をした女だったが、事業の急成長で仕事にかまけていたこともあり、早々に興味を失ってしまっていた。

結婚と同時にマンションを買い、夫婦二人で住み始めると、敦子はまるでずっと昔からそこに住んでいたかのように風景に溶け込み、気がつくとダイニングテーブルの定位置に置いた椅子に座り、窓ガラス越しに外の風景を眺めている。それは観葉植物や旅行先で買った風景画のように調度品として設置されているようで、不思議と存在を感じさせないのだった。

実際に働き始めると、敦子は思いの外、要領よく家事と仕事を両立した。ほとんど無職のような俺に三食用意をし、掃除や洗濯も手を抜いている様子はない。テキパキと、というよりは音もなく雑事をこなしていく様子に、自分の知らない彼女の一面を見た。

様子がおかしくなったのは仕事を始めて半年ほど経った頃だろうか。急に食事の用意がなくなり、キッチンのシンクには洗い物が溜まり、洗濯物は洗濯機の前にうず高く積まれたままになった。これまで決まった時間に家を出て、ほぼ同じような時間に帰って来ていたが、次第に帰り時間が遅くなり、深夜になるようなときもあった。

「仕事が忙しいのか?」と聞いても、「なんでもない。大丈夫」と答えになっていない返事しか返ってこない。俺は酷く苛立った。

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