【24-2】朝の連続派遣小説『へばりつく』

彼女が遅く帰ってきた夜、風呂に入っている隙を見てスマートフォンを覗き見した。暗証番号は見当がついていて、思った通りすぐにロックが解除される。

《また相談に乗ってください》
《どうして会ってくれないんですか?》
《私のことを避けていますか?》
《こんなに頼りにしているのにひどいです》

「加藤さん」と表示されたSNSの画面には妻から一方的に送られ続けているメッセージが並ぶ。

《仕事が終わったら外で待っています》
《仕事終わりましたか?》
《電話に出てください》
《なんで連絡くれないんですか?》

メッセージの間に大量の発信履歴が並んでいる。いったいあいつはなにをしているんだ。やりとりは一方的なもので相手からの返信らしきものは見当たらない。彼女がここまで執着するからには、なにかしらの関係があったに違いない。追いすがる敦子を疎ましく思ったこの加藤という男が、彼女からのメッセージを無視しているというところか。

テレビからは今日の出来事を伝えるニュースが流れている。耳の奥から徐々にキーンという金属音が湧き起こり、物音が聞こえなくなっていく。顎から耳の奥にかけて鈍い震えが走り始め、一気に頭に血が上り、眼圧が上がって充血していくのが自分でも感じられる。

お前までも俺を裏切るのか。仕事も金を失った俺には、もうなんの価値もないとでもいうのか。妻のスマートフォンを荒々しく床に投げ捨て、ドスッドスッっと一歩ずつ床を蹴りつけるように歩きながら浴室へと向かう。脱衣所のドアを勢いよく開けると、半裸の妻がひどく驚いた様子で俺を見た。

「お前、俺になにか隠していることはないか?」

バスタオルで躰を隠し、浴室に戻ろうとする妻の肩を掴み、乱暴に引き寄せる。はだけたタオルから小ぶりな乳房が露わになった。かまわず華奢な両肩をがっちりと掴み、正面から睨みつけた。

「何か隠しているのか?」

「ちょっと、なにを言ってるの?とにかく服を着させて」

敦子は不思議と慌てる様子もなく、落ち着いた口調で反論すると、俺が後ろを向いている間に手早く服装を整えた。

「悪いがスマホを見たぞ。最近様子がおかしいから、変だとは思っていたが、お前男がいるのか?」

脱衣所で仁王立ちをしたまま怒りを露わにして問いかける。敦子は俯いたまま答える様子がない。

「なんだ、浮気がバレて不貞腐れているのか?」

30センチ以上の身長差は敦子から見れば頭二つ分はあり、屈強な体躯で覆いかぶさるような格好だ。昔から弱い奴に言う事を聞かせるときはこうしてきた。暴力を連想させる威圧感を与えて、怯える相手に低い声で言い聞かせるのだ。

「違うわ。不貞腐れてなんていない。それに浮気って言うけど、あなただって今まで何度も浮気してるじゃない。知らないとでも思ってるの?」

敦子は怯む様子もなく、俺を見上げながらも鋭い視線を送ってくる。こいつはこんな顔もするのか。

「なに言っているんだ。あんなのは仕事の付き合いで、浮気とは違う」

「馬鹿な言い訳しないで。どっちもどっちなんだから、私だけが責められるなんておかしいじゃない。あなたは今まで散々好き勝手やってきたんだから、私だって好きなようにやらせてもらうわ」

馬鹿にするな。置き物のように文句一つ言わずに俺の手元にいるのが取り柄のような女のクセに生意気を言いやがって。やっぱりこいつも俺を馬鹿にしているに違いない。今までも仕事で失敗した俺を陰で嘲笑いながら別の男とよろしくやっていたんだ。

頭に血が上りすぎて、もはや思考らしき思考はない。怒りで握り締めた拳の中では、指先が自分の意思でも持っているかのように掌に強く爪を押し立てている。

目の前の敦子の表情が驚きと怯えの表情に変わる。視界の端には振り上げられた自分の右腕が見えた。

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