【27-1】朝の連続派遣小説『へばりつく』

【27】

「田中さん、清水さんから変なメール来てますよ」

電話に出ると山下は開口一番言ったのだった。清水敦子からのメールは永岡と山下に自動転送されるように設定している。同時に「清水敦子」と称したフォルダを作り、自動的に仕分けをされるようにも設定してあるのだ。

メールが溜まって来ているのはわかっていた。ただ見たくなかったのだ。どうせ《連絡をください》だの《会社に行きます》だの、ろくなメールでないことはわかっている。私が受信したのとほぼ同時に彼ら二人も見ることができるのだから、もう見ないことにしようと決めた。

清水忠典が来社したのは昨晩のことだ。家出をした妻を探す彼が、そのことを彼女に告げる可能性があることは想定していたから、山下の連絡には特に驚かなかった。

「どんなメールですか?いま話しながら見てみます」

駅に向かう足を止め、ガードレールに腰掛けてノートパソコンを広げる。メーラーを立ち上げると見慣れたメールアドレスからのメールが並んでいた。

《夫から連絡がありましたか?》
《至急お話しなければいけないことがあるので連絡ください》
《夫と会いましたか?》
《電話ください。本当にお願いします》
《今晩会社にお伺いします》

相変わらず、メール本文にはなんの文字も見当たらず、件名に短いメッセージを入れ、五月雨に送信しているようだ。

「どうやら旦那さんとやりとりがあったようですね」

「そういえば彼女とは会えたんですか?」今日10時に永岡と山下が彼女の職場に訪問し、面談をする予定でいたはずだ。

「いや、それがね・・・田中さんが事前に担当者に連絡をして置いてくれたのでロビーまで降りてはきてくれたんですが、永岡さんの顔を見たらとんぼ返りで戻って行ってしまってね。ゲートがあるから追いかけられないし、もう一度職場に電話しようかとも思ったんですが、これが繰り返しになったら派遣先に怪しまれるしね」

山下がほとほと困った様子で状況を説明する。役員の指示とはいえ、やはり永岡が前面に立つのは無理がありそうだ。

「そうですか。まぁ仕方ないですよね。それにしてもメールを見ると今晩またオフィスに来るようですけどどうしましょうかね」

「田中さんは参加しなくて大丈夫ですよ。永岡さんは・・・ご遠慮願おうかな。今日も本当は私一人で行こうと思っていたんですが、永岡さんがどうしても一緒に行くって言うから。今度は私が一人で対応しようと思います」

山下との電話のあと、大きなトラブルに見舞われた。担当の派遣社員がお客と喧嘩をしたのだ。

お客様相談窓口のようなコールセンターには、オペレーターを口汚く罵り、わざと逆上させるような悪意ある輩から電話がかかってくることがある。きっと誰にも相手にされない孤独なクレーマーが自分の存在を認めて欲しいとばかりに電話をしてくるのだろうが、売り言葉に買い言葉で口喧嘩になってしまったらしい。

こうなってしまうと派遣という立場は圧倒的な弱者だ。その電話をしてきた人物が本当に派遣先の商品を購入したお客かどうかも怪しいものだが、オペレーターがお客と喧嘩をするなどということは有り得ない。なにを言われてもグッと堪えて円満を話を終えるのが派遣のお仕事というわけだ。

派遣先から呼び出された私は、担当者に散々嫌味を言われ、録音された通話内容を確認した上で本人と面談をした。本人も覚悟の上での喧嘩だったようで、即日退職となったが、いろいろな後始末で客先から帰路に着いた頃には21時になってしまった。

今日はもう直帰しよう。ちょうど今頃は新宿のオフィスに清水敦子が来ている頃だろうか。山下はうまく彼女と話ことができただろうか。まあ、それもこれも明日にしよう。私が今、その状況を知ったところでなにができるわけでもあるまい。

翌朝、大手町の本社オフィスに出勤すると山下と永岡がなにやら席で打ち合わせをしている。昨日の件だろうか。

「おはようございます。すみません、昨日はトラブルでバタバタしてしまって連絡もできず」

「あぁ、ちょうどよかった。昨日の件を永岡さんと話してたんですよ。三人で会議室で話しましょうか」

山下に促され、会議室に向かう。なぜだか永岡が不機嫌そうに、私の挨拶にもなに一つ反応しないのが少し気になった。

「それで昨晩の件なんですがね・・・」山下が話し出したところで、永岡が話を遮るように右手をテーブルの真ん中に差し出した。

「ちょっと待ってください。その前に一ついいですか、山下さん。田中君、なんで昨晩連絡を寄越さなかったんだ。彼女が新宿のオフィスに来ることはわかっていたんだろ?」

なにやら強く憤慨をしているようだ。昨晩どれだけのことがあったのだろうか。

「いえ、すみません。昨晩は遅くまで別のトラブル対応をしていまして。なにか私が連絡しないことで大きな問題が起こりましたでしょうか」

永岡は「そんなこともわからないのか」とばかりに、小馬鹿にしたような目で私を見ている。

「そういうことじゃないだろう。彼女はもともと君の担当だったわけだし、君が対応し切れないから山下さんなり、私なりが代わりに対応をしているんじゃないか。それとも、もう自分とは関係ないとでも思っているのか?少なくともサイオン社は君のメインクライアントじゃないか。昨日の夜だって、どんな顛末になったのか知っておくべきだろう。当事者意識が足りないんじゃないか?」

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