【27-2】朝の連続派遣小説『へばりつく』

彼はなにをそんなにムキになっているのだろうか。そもそも私が対応し切れないから彼らにバトンタッチをしたわけではない。本来、ストーカー被害が予見できた時点で上司として彼女と私を引き離す指示をすべきであった。しかし彼の口から出た言葉は「課長なんだから自分でなんとかしろ」という陳腐な指示。私に無理やり引き摺り込まれて同席した打ち合わせでは彼女にセクハラ呼ばわりされる醜態を晒し、責任を取らされるかたちで彼にお鉢がまわっただけのことだ。当事者意識がないのは彼自身だと言える。

「当事者意識ですか・・・すみません、昨晩どんなことがあったのか把握できていないのでどういう意味合いでおっしゃっているかが理解できていないのですが・・・」

「そういうところが、当事者意識が足りないってことなんだよ。昨晩なにがあったか知らないままでも気にならないってことが信じられない」

永岡は何かスイッチでも入ってしまったのか、堰を切ったように私に攻撃的な言葉を浴びせかけてくる。

「だいたい今回の件だって君の判断ミスが発端だろう。彼女の新しい部署は木村が担当の部署だったんだから、そのタイミングで素直にバトンタッチしていればこんなことにはならなかったんだ。課長としてそういう責任をどう感じているんだ?」

「当事者意識」「責任」「○○として」、永岡が部下を吊し上げるときによく使うワードだ。話の展開次第でいかようにも意味合いを変えられる言葉を選び、それについての見解を求め、返答を曲解し、次の攻め手につなげる。あるべき論なんてヤクザの言いがかりよりタチが悪い。

要するに気に入らないのだ、私が。今回のトラブルでは彼は相当痛い目を見ている。清水敦子が全国のさまざまな部署に永岡からのセクハラ被害を訴えたことで悪目立ちをしてしまった。その原因は私にはないが、八つ当たりということだろう。身内でこんなくだらない争いをしているようでは先が思いやられる。

「責任とおっしゃいますと、今回の清水さんのストーカー行為の責任が私にあるということですか?」

なにを言ったって上司という立場を使って、こちらをやり込めようとしてくるに違いないのだ。山下も同席をしていて証人もいることだし、変にへり下って既成事実を作られるよりは、ファイティングポーズを取ることを選んだ。

「なにをとぼけたことを言っているんだ。問題が深刻になるきっかけを作ったのは君だと言っているんだ」

「部長、私の理解が悪くて恐縮なのですが、部長のおっしゃる問題が深刻になるきっかけというのは、どのタイミングをおっしゃっているのでしょうか?」

彼の手法を逆手にとって、私も答えに迷う質問を投げかける。

「君はなにを言っているんだ?」永岡は少し戸惑った表情を見せたが、すぐに人を馬鹿にしたような薄ら笑いでそれを上書きする。

「私の意見を言わせて頂くと、問題が深刻化したのは清水さんとの話し合いに部長が同席頂いた後からです」

これだから私はろくに出世ができないのだ。その場限りでヘコヘコしてればいいものを、つい青臭く反論してしまう。永岡に対する完全な宣戦布告だ。

「なんだって?私が悪いっていうのか?」顔を真っ赤にして声を荒げる。セクハラの嫌疑が本当かどうかわからないが、部下から一番痛いところをつかれ、永岡は逆上した。

「まぁまぁ、お二人とも。それくらいにしてください。内輪揉めしていたって仕方ないじゃないですか」

事を静観していた山下が止めに入った。もう少し早く口を挟んでくれるかと思ったが、彼も外野の立場で揉め事を楽しんでいたに違いない。

「いや、とは言っても山下さん。ちょっとこれはしっかり話しておかないと」

食い下がる永岡を山下は手で制す。役職は永岡の方が上だが、もともと山下は永岡の先輩で、永岡もどこか遠慮をしている。先輩の顔を立てることにしたのだろうか、永岡は振り上げた拳を下すことにしたようだ。

「田中さんの言う通り、清水敦子さんの件は我々で解決する問題です。田中さんは現在進行形の被害者ですから、これ以上、この件にかかわってもらうわけにはいきませんよ」

「いや、私は営業としての心構えの話をしているんですよ」永岡は誰に言うでもなくブツブツと呟いている。

「昨日なんですが、結局私一人で清水さんに会ったんです。結論から言うと私が担当になることは認めてくれませんでした。まぁ認めるもなにも変わるものは変わりますって話なんですが。しきりに田中さんと連絡を取りたいと言っていて、話が前に進まないので〈私が伝言をお受けして田中に伝えます〉ということにしたんです」

なるほど、伝言役になることで必然的に彼女との接触機会を増やす作戦をとったようだ。清水敦子からの伝言は次のようなものだった。

・夫からメールと留守電があり、田中さんが私との浮気を認めたと言っている
・そんな事を本当に言ったのか?夫と会ったのか教えて欲しい
・夫は逆上するとなにをするかわからない人なので、もう会ったり、連絡を取ったりしないでほしい
・夫の暴力が怖いので、友人の家に避難している
・もしかしたら私を捕まえに夫が職場や、そちらに行くかもしれない
・今後どうしたらいいのか相談したい

「話があっちに行ったりこっちに行ったりするので、なにを言いたいのかわかるまでに、すごく時間がかかったんですが、要点だけまとめるとこんなところです」

「大変だったでしょうね。ありがとうございます。やっぱりあの男はクセモノでしたね」

「ええ、どっちがどれだけ本当の事を言っているかはわからないですけど、彼にはかかわらない方が無難でしょう。ただ、心配なのは派遣先に行ったりしないかって事ですね。清水さんが言うには、職場にご主人かと思われる名前を名乗らない電話が何件か入っているらしいんですよ。電話を取った人が名前や用件を尋ねても〈また電話する〉の一点張りだそうで。若い女性がそういうストーカーみたいな事をされるのは、あのセンターでもよくあるらしいので、それほど問題にはなっていないようなんですけど」

「それで次のアクションはどうしましょうか?私への伝言を受けて来て頂いたって事ですから、また山下さんから彼女に連絡をして頂くって事ですか?」

「ええ、そうですね。とりあえず今日、これまでの彼女の言動をまとめた資料を持って警察に行こうと思います。生活安全総務課ってところに知っている人がいるので。その上で彼女に会って、伝言に対する答えと、田中さんへのストーカー行為を止めるように警告しますよ。警察にも相談をしていることを伝えます。その方の名刺を持っているので、見せると効果的なんですよ」

「一気に事が動きますね。心強いです」

「そうだ、あとこれまでの彼女の言動や、今後の改善具合次第では契約を更新しない可能性がある事も伝えるつもりです。早めにジャブを打っておかないといけませんからね」

永岡に比べて山下のなんと頼もしいことか。さすがの彼女も、警察に相談しているとか、このままでは契約の継続が危ういと言われれば、言動を改めるに違いない。そうなると問題は彼女の夫だ。

「そうなるとご主人をどうするかですね」今のところ足を引っ張るばかりで見せ場のない永岡が口を挟む。

「そうですね。派遣先に彼かもしれない電話がかかっているのだとすると、もしかしたらもう職場を突き止めているかもしれません」

気になってスマートフォンで調べ物をしていた私は口を開く。

「今、ざっと調べたんですが、サイオン社のコールセンターはどこも住所を載せていません。彼が場所を知るとすれば彼女から直接聞くか、雇用契約書に載っている就業先の住所を見るかということになりますね」

「その辺りは清水敦子さんにも聞いてみましょう。場合によっては事前に派遣先に注意を促す必要が出て来るかもしれませんし」

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